経営学者のピーター・ドラッガーは、
仕事を生産的なものにするには、成果すなわち仕事のアウトプットを中心に考えなければならない。技能や知識などインプットからスタートしてはならない。技能・情報・知識は道具にすぎない 『マネジメント』, P.F.ドラッガー
と述べています。
結果を得るためには、行動が必要です。
しかし、そうは言っても「行動できない」という方は、たくさんいるかと思います。何故、行動できないのか?それをABC理論から紐解いていきます。
ABC理論とは
ABC理論とは、アルバート・エリス(Albert Ellis)が1995年に提唱した心理療法である論理療法の理論です。この論理療法は1990年代より、理性感情行動療法(REBT, Rational Emotive Behavior Therapy)と呼ばれるようになります。従来の論理療法という名称では、感情に目を向けない、行動を見ないといった誤解が生じることから、Emotional(感情)とBehavior(行動)の文字を入れるようになりました。
また、論理療法は、後にアーロン・ベックが提唱した認知療法と合わせて、認知行動療法(CBT, Cognitive Behavior Therapy)と称されるようになります。この認知行動療法は、従来の行動に焦点を当てた行動療法から、思考など認知に焦点をあてることで発展してきた心理療法の総称です。
アルバート・エリスは、心理的問題や生理的反応は、事象や外的刺激そのものではなく、それをどのように受け取ったかという認知を媒介として生じるとして、論理的な思考が心理に影響を及ぼしていることを重視しました。
つまり、感情は「ある出来事」そのものが起因するのではなく、その人の「信念」を通じた解釈によって生み出された「結果」であるとアルバート・エリスは論じたのです。
言い換えれば、「ある出来事」と「結果」の間には、「信念」による解釈の違いが存在し、その解釈の違いによって「結果」が左右されると言えます。
そして、同じ「出来事」であっても、人によってその「出来事」に対する「感情や行動(結果)」が異なることがありますが、それは、人ぞれぞれの「考え方(信念)」に影響されているという訳です。
このように、「出来事(Activating event)」から、直接「結果(Consequence)」に結び付くのではなく、必ず「信念(Belief)」を通すことで「結果(Consequence)」として現れてくると考えた理論が、これらの英語の頭文字を取ったABC理論です。
そして、このABC理論が示すことは、「出来事(A)」と「結果(C)」の間にある「信念(B)」を意識的に活用することが、問題解決を促進することに繋がるということです。
2人の社員さんを例にABC理論を考える
例えば、あなたが、佐藤さんと田中さんの2人の社員に対して、仕事について同じ指摘をしたとします。
田中さんは、次のように考えます。
出来事(A):仕事について指摘された
信念(B):(思考)自分は期待されている!
結果(C):(感情)期待に応えるために、もっと頑張ろう!
しかし、佐藤さんは、次のように考えます。
出来事(A):仕事について指摘された
信念(B):(思考)自分は、なんて仕事ができいなんだ。
結果(C):(感情)今の仕事は自分に向いていない。早く辞めたい。
あなたは、常に、田中さんのように解釈してくれることを期待して、仕事に対する指摘をしていると思います。しかし、中には、佐藤さんのように解釈する社員もいます。
このような小さな意思疎通のすれ違いが、時には、社員の立場からは「パワハラを受けた」という大きなすれ違いに発展してしまうかもしれません。
そこで、佐藤さんのように解釈せずに、田中さんのように解釈してもらうためには、どうしたら良いか?
それは、きちんと「意図を伝えること」です。
つまり、あなたの言葉(出来事)が、個々の考え方(信念)による感情(結果)とならないように、意図をしっかりと伝えることが大切です。
そして、その意図が、言葉にしなくても伝わるようになって初めて、会社共通の信念となります。つまり、会社共通の信念になって初めて、意図を伝えなくても、「仕事に関する指摘は、怒られているのではない。次を期待されているのだ」と誰もが指摘を前向きに解釈することができるようになります。
これが、グーグルが唱えた「心理的安全性」です。
心理的安全性とは、グーグルが導き出したチームのパフォーマンスを決定付ける一番大きな要因です。つまり、チームのパフォーマンスを上げるためには、チームメンバー間で不安や恥ずかしさを感じることなく、個々がリスクある行動を取ることができるか。という要素です。
詳しくは「成果を出す組織~関係の質~」をご参照下さい。
「社員が行動しない理由」と「あなたが行動できない理由」
社員が行動しない理由
経営者の方とお話していると、次のような発言を良く耳にします。
「うちの社員は何度指示しても、きちんと行動しない。何故やらないのか、わからない」
これをABC理論で考えてみます。まず、指示(A)から直接的に、行動すること(C)には結びつきません。それは、指示した側と指示された側の両方に言えることです。
すなわち、指示した側では、指示(A)から行動する(C)に至るまでの考え方(B)があるため、指示から行動することは当然のことと考えます。
一方、指示された側にも、指示(A)を解釈する考え方(B)があり、その結果、行動しないという結果(C)に至ります。
つまり、「指示したから、やりなさい」では、人は行動しません。「何故、それをするのか」という考え方が変わらない限り、人は行動しません。
もし、あなたの会社でも「指示しても、その指示に従わない」という社員がいるようであれば、その人の考え方を変える働きかけが必要です。
この考え方を変える働きかけとして「会社共通の理念を醸成していくこと」が最も望ましいです。
一方、極端な働きかけとしては、「指示に従わなければ、人事評価・給与に反映させる」ということを人事制度に明記することも考えられます。
あなたが行動できない理由
さて次は、もし、あなたが「なかなか行動できない」でいる場合、その理由について考えてみたいと思います。
あなたは、「会社を変えていくためには、やることがある。でも、何をすればよいのか分からず、なかなか行動できない」ということはありませんか?
そのような場合、「何をやるべきか?」とやることを探し続けていませんか?
つまり、「行動できない」の結果(C)を変えて、「行動する」の結果(C)を得るために、「やること」という事象(A)を変えることに焦点を当てていませんか?
ここでもABC理論で考えると、「行動できない」の結果(C)を変えて「行動する」の結果(C)に変えるためには、「やること」の事象(A)を変えるのではなく、信念である考え方(B)を変える必要があります。
言い換えれば、これまで「行動できない」結果は、「行動できない」に至る考え方があるはずです。この考え方を変えない限り、「行動する」という異なる結果に変えることはできません。
あなたの行動を変えるための考え方
「あなたが指示しても社員が行動しない理由」と、「あなたがやらなければいけないと考えても行動できない」ことに共通することは、考え方を変えることだと指摘しました。
では、具体的に、あなたの「行動できない」に至った、どのような考え方を変える必要があるのでしょうか。例えを挙げてみると「行動できない」でいる時は、以下のような考え方が想定されます。
- 行動するなら、失敗したくない
- 失敗すると、会社に悪い影響を及ぼす
- 行動して失敗するなら、行動しないほうが良い
そして、「行動する」結果(C)に変えるためには、この考え方(B)を以下のように書き換える必要があります。
- 行動するときは、失敗してもいい
- 失敗しても、会社への影響は小さい
- 本当の失敗は、行動しないことである
いかがでしょうか。「なるほど」と納得して頂ける場合もあるでしょう。しかし、「そんな単純にはいかない」と納得できない場合もあるかと思います。
ABCDE理論で解釈を変える
そのように単純にいかない場合に、あなたの解釈を変える方法が、更なるABCDE理論です。
繰り返しとなりますが、ABC理論は、ある出来事(Activating event)に対して反応は、その人の信念(Belief)を通して解釈された結果(Consequence)です。
つまり、この結果(C)を変えるためには、この非合理な信念(B)を修正する必要があります。
そして、この非合理な信念(B)を変えるために、今の解釈が不適切であると気づいてもらうことを目的として、非合理な信念に対して反論(Dispute)をします。その結果、新しい合理的な信念に変えることができるという効果(Effective)が得られます。
これらの一連を英語の頭文字を取って、ABCDE理論と呼びます。なお、 効果を新しい効果的な信念と言う意味で、Effective new beliefという言葉が使われることもあります。
例えば、「失敗すると、会社に悪い影響を及ぼす」という解釈は以下のように反論(D)することができます。
- 失敗したら、本当に会社に悪い影響を及ぼすのでしょうか?
- 失敗して会社に悪い影響を及ぼすとしたら、具体的にどのような規模でしょうか?
- 失敗した場合、具体的に会社はどのような状態に陥るのでしょうか?
このように反論することで、例えば「失敗しても、会社に与える影響は問題ないレベルである」と解釈を変えていきます。
なお、このような変えるべき不適切な解釈をイラショナルビリーフ(非合理的信念)と呼びます。イラショナルビリーフは、「~であるべき」とか「~であらねばならない」というような融通の利かない信念のことを言います。
一方で、ラショナルビリーフ(合理的信念)は、確実性ではなく確率的な考えに基づいて「~にこしたことはない」という考えです。
つまり、何故、そのような不適切な解釈をしているかを問うことで、合理的な信念に変えていくことがABCDE理論です。
「人はWhatではなく、Whyに動かされる」という言葉がありますが、まさしく、ここでいうWhatが事象(A)であり、Whyが信念(B)です。Whyである信念(B)を変えることが極めて重要であるということです。
まとめ
今回、「行動しない」・「行動できない」をABC理論で紐解いていきました。「行動する」ためには、その元にある「行動しない」・「行動できない」理由を作っている非合理な信念(B)を変える必要があります。
つまり、「WhatではなくWhyが大事」という訳です。言い換えれば「手段と目的」です。「やり方と考え方」とも言えます。
しばしば、目の前の「手段」に焦点が当たってしまうことで、「目的」が見えなくなることがあります。是非、「手段と目的」をセットで物事を捉えて頂ければと思います。
社員にも、「手段と目的」をセットで伝える。
あなたも、「手段と目的」をセットで物事を判断する。
「やり方」だけでなく、その「考え方」をセットで検討する。
当たり前のことと言えば、当たり前のことですが、なかなかできていないのが事実です。今一度、心がけることで、見えてくる世界が異なってくるはずです。