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2023.01.07

ジョブ型雇用の盲点

ジョブ型雇用の盲点

最近、日立、富士通、NTTなどの大手企業が「ジョブ型雇用」の人事制度に移行する話題に事欠きません。

これらの大手企業の動向から、さも「ジョブ型雇用」がこれからの時代の正解のように扱われています。

本当にそうでしょうか?

以前、知り合いの経営者が「ウチは、ジョブ型雇用の新しい人事制度に改定しました」と仰っていました。しかし、同時に「ウチは、中途採用に経験者は取らない方針です」とも仰いました。

私は、この経営者の言葉を聞いた時、「人事コンサルタントの『これからの時代は、ジョブ型雇用ですよ!』というような安易な一言で、大事な人事制度の改定を決めてしまっていないか」

「きちんとジョブ型雇用の意味を理解されていた上で 制度改定に踏み切ったのだろか」

そして、「きちんと制度の中身を理解していれば、違った判断になったのではないだろうか」と心配になりました。

あなたは、何故、私がこのような心配をしたのか、わかりますか?

その理由は、本ブログの最後にお伝えします。

ジョブ型雇用とメンバーシップ型雇用

さて、改めて、近年「ジョブ型雇用」が“改めて”注目を浴びるようになりました。これに対応するのが「メンバーシップ型雇用」です。これらはいずれも、人事制度の種類を示す言葉です。

ここで、“改めて”としたのは、この2つは新しい概念ではないからです。従来、この2つは次の言葉が使われていました。

  • 職務等級制度(ジョブ型雇用)
  • 職能資格制度(メンバーシップ型雇用)

言葉を変えることで、同じ意味の言葉が新しく見えることはよくあります。そして、新しく見えるがゆえに「新しい方が正しい」と思われている、ということはよくあります。

今回の人事制度における「ジョブ型雇用」も同じ雰囲気がします。

あなたは、「ジョブ型雇用」「メンバーシップ型雇用」の人事制度の違いが分かりますか?
そして、どのような企業に向いているか、どのような企業には向いていないかはわかりますか?

始まりを知るのは大事-ジョブ型雇用・メンバーシップ型雇用の始まり-

繰り返しとなりますが、ジョブ型雇用は、従来は職務等級制度と呼ばれており、1960年代に欧米から入ってきた制度です。

しかし、当時の日本の雇用体系に合わないとされ、その職務等級制度を日本版にアレンジされました。それが、職能資格制度(メンバーシップ型雇用)です。この職能資格制度は1970年代に確立し、日本企業で幅広く適用されました。

つまり、ジョブ型雇用は新しいものではなく、過去に一度、日本の雇用体系には適合しない、と判断された職務等級制度が言葉を変えて再び注目されたに過ぎません。

確かに、環境は変化するため、過去に「適しない」と判断されても時代が変わることによって「適する」ようになることもあります。

しかし、雇用体系は、国の文化や習慣に密接に関わるため、なかなか変わらない、変えられないのも事実です。

では改めて、ジョブ型雇用とは何か?
そして、日本で独自に発展したメンバーシップ型雇用とは何か?

実は、雇用に対する考え方が、それら2つの人事制度の考えにつながります。

ジョブ型雇用(職務等級制度)を掲げたアメリカは、第一次、第二次世界大戦を通じて、働き手が不足した実態を踏まえ、国の政策として「労働力に余裕のある産業から、余裕のない産業に人手を移動させる」ことを考えました。

一方、メンバーシップ型雇用(職能資格制度)を確立した日本では、同じ第一次、第二次世界大戦の経験を通じて「労働力の移動を制限して雇用を守り、賃金統制することで国民の生活を守る」ことを政策に盛り込んだのです。

つまり、ジョブ型雇用(職務等級制度)は、会社経営を軸に考えた政策によって生まれた制度です。

一方、メンバーシップ型雇用(職能資格制度)は、国民生活を守るために考えられた政策によって、生まれた制度です。

そのため、メンバーシップ型雇用(職能資格制度)では、生活給という考えが基本にあり、その生活給は年齢に伴うライフステージによって変化するため、年功給という概念が取り入れられています。

制度の生まれ方だけを見ると、どちらの制度がより働き手にとって魅力的に見えるかは言うまでもありません。とは言え、戦後から時代が経て、環境が変化しています。そのため、時代と共にモノの考え方を変化させていく必要もあります。

では、どのように時代が変わり、どのような考え方に変えていく必要が生じてきたのか?

ジョブ型が再び注目された理由

ジョブ型雇用(職務等級制度)に再び注目が集まったのには、いくつかの理由あります。

その一つが、「同一労働・同一賃金」です。

「同じことをやっているのに、正規雇用と非正規とで、賃金が異なるのはおかしい!」

このような不合理な待遇差の解消を目指し、2020年4月1日より労働者派遣法が施行されました。また、2021年4月1日よりパートタイム・有期雇用労働法が全面施行されました。これらにより、同一労働同一賃金が規定されることになりました。

また、正社員の間でも、「同じ仕事をしているのに、年齢で給与が異なるのは不公平だ」という声も、同一労働同一賃金が支持されています。

確かに、全く同じ仕事をしているのに、異なる賃金というのは、納得がいかない、という働き手の言い分もわかります。

しかし、本当に“同じ”仕事なのでしょうか?

ジョブ型雇用の難しさ

少し論点がズレますが、私が考えるジョブ型雇用の難しさについて、お話ししたいと思います。

実際に目に見える作業としては同じかもしれません。しかし、仕事とは、目に見えている作業以外にも様々な要素を含んでいるのではないでしょうか?

何より、ジョブ型雇用とは「ジョブ・ディスクリプション(職務記述書)」と呼ばれる職務内容を明記することができる業務内容です。逆に言えば、覚えれば誰でもできる仕事と言えます。

それこそ、機械にとって代わられます。そのような仕事は、ゆくゆく淘汰される仕事であり、長期観点からは、そこに焦点を合わせるメリットは小さいように思えます。

ジョブ型雇用が注目された環境変化

では、長期観点で見た時に、ジョブ型雇用を導入するメリットは何か?

それを一言で表すと「転職文化に合っている」ということです。具体的には、日本でジョブ型雇用が再び注目された背景には、経営のグローバル化が挙げられます。

欧米はジョブ型雇用であり、転職を通じてキャリアップする文化です。そのような文化圏に対して、グローバル展開する日本企業が現地で人材採用する際、日本独自のメンバーシップ型雇用の基準で人材を募集しても現地の応募者から見ると以下のような状況を引き起こしてしまいます。

・自分が応募できる人材かわからない
・企業側がどんな人材を募集しているのかわからない

だからこそ、グローバル展開する企業では、日本国内でもジョブ型雇用に変えて、海外の人材採用を円滑にしたい、というわけです。

また、「転職文化に合っている」という視点では、システム関係が当てはまります。

近年、IT化が急速に進行し、システム関係の仕事が増えました。そして、若くて技術力のある人材が沢山います。そして、システム関係の人材の流動は激しい。

加えて、システム関係は技術が明確であり、ジョブ・ディスクリプションが記述しやすい、という点もあります。

こららの理由からシステム関係の企業では、ジョブ型雇用にするメリットがある、と言えます。

 

逆に言えば、グローバル展開していない企業、システム関係ではない企業、これらの企業においては、ジョブ型雇用の導入により享受できるメリットは小さいと言えます。

あなたの会社は、
グローバル展開を目指していますか?
システム系のビジネスをしていますか?

世の中の流行を知ることは大事です。でも、その流行に乗るのか、乗らないのかの判断はとても大事です。

日本文化でのジョブ型雇用の難しさ

改めてジョブ型雇用の特徴を一言で表すと「JOB(職務)に値段を付ける制度」です。

先ほど、ジョブ型雇用では、「ジョブ・ディスクリプション(職務記述書)」を明記する必要があると説明しました。

つまり、「この職務内容は、いくら」というように、仕事と給与を紐づけます。まさに、「同一労働・同一賃金」の考えを反映させる制度です。

つまり、会社としては、「どんな職務(JOB)に、いくらの給与を支払うか」という定義付けが必要になります。この定義が、ジョブ・ディスクリプションと呼ばれ、日本語では職務記述書と訳します。

つまり、企業にてジョブ型雇用を導入する際はこのジョブ・ディスクリプション(職務記述書)を整理して、給与と紐づける必要があります。

しかし、これが難しい。

日本では、古くから「阿吽の呼吸」「以心伝心」、更には「空気を読む」という言葉があるように、多くを語らない文化です。

そのような文化、習慣がある中で職務を整理するとなると、それらを言語化・明文化しても全てを網羅することは極めて難しい。必ず、抜け・漏れが発生します。

でも、職務記述書に記載されてなければ、社員はその業務をやる必要もないし、やっても評価に値されない、という状況を生みます。

「それは私の仕事ではありません」
「それをやっても評価に関係ありませんよね?」

という状況が発生することは、火を見るよりも明らかです。

そして、この状態を回避するために、職務記述書の内容を増やすと、結局、誰も把握できなくなる。「家電の分厚い説明書なんて読みませんよね?」という問いと同じです。

因みに、アメリカは訴訟の国であり、ルールを明文化する習慣があるため、職務記述書が上手く機能している、と言えます。

つまり、ジョブ型雇用では、いい意味での「とりあえずやっておいてよ」の融通が利かなくなるのです。

教育と雇用の関係

そして何より、日本でジョブ型雇用を導入する一番の問題点は、日本の教育が対応していないことです。

繰り返しますが、ジョブ型雇用とは、業務と給与が紐づいている制度です。それは、新人もベテランも関係なし。年齢も若くても年配でも関係なし。

新人として採用される時でも、必ず、ジョブ・ディスクリプションの内容が遂行できるかが、問われます。

ところが、日本の学校教育では、仕事で即使える技術・スキルを教えていません。多くの会社では、OJT(On the Job Training)という言葉があるように「仕事は会社で覚えるもの」と思っているはずです。

この考え方の時点で、ジョブ型雇用を日本で適用することは難しいことが分かります。

なお、仕事で即、使える技術・スキルを教えてくれるのが、商業/工業の高校や大学です。しかしながら、それらの高校・大学は、十分な評価を受けていないと思います。

近年注目を浴びているリカレント教育の問題点

近年、ジョブ型雇用の流れもあり「リカレント」という、社会人の学び直しに注目が集まっています。しかし、日本でジョブ型雇用を進めるなら、本来は高校・大学での技術・スキルの教育を進めなければいけません。

教育と仕事、学校と会社の意図がある連続性がなければ、日本全体の社会は変えられません。

今回のジョブ型雇用で言うと現代の日本の学校教育は、ジョブ型雇用に適応できていません。

教育が適応できていないのに、企業側だけの仕組みを変えても、日本全体が機能しないのではないでしょうか。

つまり、教育が変わらなければ、いくらジョブ型雇用と叫んでも、従来のメンバーシップ型(職能資格制度)でなければ、日本全体は機能しない、のです。

まとめ

今回、ジョブ型雇用とメンバーシップ型雇用について説明しました。「同一労働・同一賃金」の流れから、ジョブ型雇用に注目が集まっていますが、日本の教育環境を鑑みると、企業が本来の意味でのジョブ型雇用を導入することは難しい、と言えます。

仮に、ジョブ・ディスクリプションを整備して、ジョブ型雇用に近い体裁を整えたとしても、そのメリットを享受できるのは、グローバル企業とシステム関係の極わずかな範囲に限られます。

まだまだ、日本の文化・習慣においては、メンバーシップ型雇用の方が、そのメリットを多く享受できるはずです。

1990年代に成果主義の人事制度が注目を浴びましたが、失敗に終わりました。今回のジョブ型雇用も同じ道を歩むのではないかと見ています。この答え合わせは数年後になりますが、それまで動向を見守りたいと思います。

「中途採用では経験者は採用しません」の懸念点

さて、冒頭で「中途採用で経験者を取らないという経営者」についてお話しました。この会社では、ジョブ型雇用の人事制度に一新されました。

この結果、起こり得ることは、どんなに将来有望な人材であっても、どんなに、この人と一緒に働きたい、と思っても、その人は業界で働くのは初めてなので、ジョブ・ディスクリプションの仕事が一切できません。

そのため、「仮に採用しても、新卒扱いの給与しか提示できない」ということになるのです。おそらく、この事実には、早い段階で気づくことになります。

そして、その後の対応によっては、既存社員の反感を買うことになるため、慎重な対応がもとめられますが、果たして、その対応ができるのか…

この経営者とは、もう会うことがないため、その後は分かりませんがとても心配です。

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